2008年12月23日 (火)

M-1 2008

 紳助も言っていたけど、今年はレベルが高かった。
今年はっきり駄目だったのはザ・パンチだけだったと思う。
05年なんか品川庄司が4位だったんだよな…
07年にしたって4位のハリセンボンがぎりぎりで、
5位の笑い飯ははっきりつまらんかった。

 レベルアップの要因はいくつかあると思うけど、
単純に出場組が第1回に比べて3倍近くに増えていること。
また技術面の情報伝達の速度が上がったのかもしれない。
まあ、従来不透明だと言われていた準決勝の選抜システムが、
批判があったことでマトモになったのが大きいのかもしれないが…

◆採点システム

 既に指摘されていることだが、M-1は、極端に言うと、
最も面白い漫才コンビが勝つ大会ではなくなっている。

 むしろフィギュアスケートと同様に考えた方が結果を予想しやすい。
「浅田より村主の方が好き」という人もいるだろうが、
現状の採点システムでは村主が浅田に勝つ可能性はない。
理由は単純で、ジャンプの質や回数などによって細かく点数が決まっていて、
そこで村主が浅田を上回ることはできないから。

 M-1はそこまで詳細ではないが、採点基準がはっきりしつつある。
それは(1)ネタの数(2)構成・流れ・演技(3)新規性(4)好み・面白さ。

 (1)はこれまでも言われていたが、今回の審査員の発言はそれを裏打ちするものだった。
誰かは忘れたが「ネタまでの前フリが長い」という発言があり、
次に巨人が「もっとネタを詰め込まないと」と言っていた。
前者も意味合いは全く同じで、フリが長いほどネタ数は減ってしまう。

 とは言っても、ネタが多ければそれでいい、というわけでもない。
もう1つ「完成度」という要素があると思うが、
それを決めるのが(2)の構成・流れ・演技だと思う。

 しかし、ちょっと違った側面からの評価もあり、それが(3)の新規性。
今回ではオードリーが完全にそのパターンで、
大竹ははっきりと「こんな漫才見たことない」と言っていて、
実際彼はオードリーに最高点をつけ、最終決戦でも彼らに票を入れている。

 もちろん、これらのウェイトは審査員によって異なっている。
今年の例だと上沼・巨人は割と保守的に(1)(2)のウェイトが高く、
大竹・中田が(3)のウェイトを高くしている。
ただ大竹はひねくれものなので、特に最終決戦では逆に来る傾向もある。
渡辺は日和見であまり判断をしておらず差をつけない。
松本は独自のセンスなのか総合的な判断なのか、一番普通。
謎なのは紳助で、笑い飯が95点なのに、オードリー・ナイツが89点、
U字工事・モンスターエンジンですら91点。
彼の場合は立場上、色んなことを考えざるをえんのでしょう。

◆決勝

 上記の採点システムを基準にすれば、結果はほぼ妥当なことが分かる。

 笑い飯は(1)は良いが(2)の点で劣る。
闘牛士から鞭打ちへの流れに必然性が乏しい。
もちろん、巨人が言うように何回も出ている弱みもあって、
最初こそそれを逆に生かしたけど、最後はやっぱり見慣れた流れ。

 U字工事は、そもそもネタになっているのかどうか。
上沼が「私は関西の人間なんで…」と言っていたが、
M-1という関西で圧倒的に視聴率が高い番組で、
しかも審査員の過半が関西人という場所で、関東地域のネタは辛い。

 ダイアンは、特に最初の方に無駄が多くて(1)基準を満たさない。

 キングコングが駄目だった理由は、NON STYLEと比較すると分かりやすい。
どちらもフリ・ボケ・ツッコミの流れだが、
NON STYLEはどんどん話が流れていくのに対し、
キングコングは同じ場面(フリ)をやり直すから無駄に感じる。
その結果(2)の構成・流れという点で劣ってしまう。
同じ場面を繰り返すのなら、1場面に複数のボケを持ってきて
畳み掛ける展開にしないと(1)基準としても厳しくなってくる。

◆最終決戦

 オードリーは2本目が無かったのが敗因。
そもそも新規性がウリだと2本目がどうしても辛くなる。

 ナイツはもともとM-1向きではないと言われていたが想像以上の惨敗。
1つは反主流派(大竹・中田)票をオードリーに奪われたというのもある。
ただ、自分が一番驚いたのは、彼らが「感じが悪かった」こと。
レッドカーペットなんかでの彼らの最大のポイントは、
退場の際に3方向に向かって挨拶する礼儀正しさだと思っていた。
しかし、決勝後のインタビューでハナワ弟が「ネタは37個です」
いかにも「俺らはちゃんとおまえらの採点方針に従ってやってやったよ」という感じで。
吉本主催・審査員も関西勢中心という環境で、
緊張感が変な方に出てしまったのかもしれない。

 あと、最終決戦に向けての仕掛けがNON STYLEと被ったのも辛い。
それは、決勝でのネタと連続性を持たせる、というやつで、
ナイツだとそれは、メガネがツボ、ということになる。
ところがNON STYLEも、携帯が戻ってくる、をやってきた。
流れ的にNON STYLEは事前に用意してきたのだと思うが、
ひょっとしたらナイツのを見て入れてきたのかもしれない。

◆「M-1漫才」の完成

 M-1のルールが決まり、採点基準も明らかになり、
それへの対策技術が普及したこともあり、
大体「M-1漫才」は完成の域に達したと思う。
今後、NON STYLEの方向性で最も上手い人が勝つことになるだろう。
ネタとしては決勝のオードリーが最も凄かったと思うが、
あれを2本続けるというのはどうしても難しい。
良く言えば平均レベルが上がったとなるし、
悪く言えばもうこれより上は望めないとなる。

2008年12月10日 (水)

違和感

仲間由紀恵「寧々がしみこんできた」

 そりゃ役者さんだから色々やるのは当然なんですが、
つい最近、千代やってた人が寧々やるってのも…
西田敏行が8代目だったり2代目だったり1代目だったりするのは遺伝ってことで…
緒形拳も覚えてる範囲でも貞氏・経久・定満。
あと信長はいつから石原プロの所轄になったのかと。

 大河以外だと榎木孝明が浅見光彦から浅見陽一郎になったのとか。
西村晃は水戸黄門のイメージが強いだけに、
逆に昔の悪役の方が変な感じもします。
児玉清は役者をやってること自体に違和感が(笑)

2007年12月28日 (金)

M1

 完全に機を逸しました。

 相変わらず決勝でも面白くないのも多く、
途中でチャンネルを変えてた。
面白くて最後まで見れた3組が最終決戦に残った。
面白かったのがたった3組かと悲しくなるが、
過去にはもっと少ない年もあったので…

 サンドイッチマンは深夜に見てたので嬉しい。
他の2組も悪くはなかったと思う。
ただ落ち着きという点でサンドイッチマンが一番だった。

 キングコングは明らかに慌てた感じが見えた。
トータルテンボスもネタは面白かったのに、
後半が早口で分かりにくかった。
時間制約もある中でネタが詰め込みすぎだった。
間があれば彼らが優勝していたと思う。

 今回気づいたのは、当たり前だが、審査員はベテラン勢だということ。
彼らはプロの視点から評価するし、評価基準も古い。
新しいネタより、完成度の高さが評価されやすい。
その意味でも笑い飯の延々と前に進まないネタは厳しい
(普通に面白くなかったと言われたらそれまでだが)

 途中でオール巨人が言っていたが、
トータルテンボスやサンドイッチマンには練習量が感じられた。
彼らはメディアの露出が少ないだけに漫才の練習時間があったのが幸いした。

 また、サンドイッチマンはネタは正統派だし、
キャラも分かりやすくて、それを上手に使っていた。
このあたりが評価されたのだと思う。

 ブラマヨ優勝のときにも書いたが、
サンドイッチマンもタレント性ではイマイチで、
M1が無ければ有名になる可能性は低かった。
そうした中で芸人の芸を世に知らしめるという点で
M1の価値があるのだと思う。
オール阪神巨人が現役No1だと思っている人間からすると、
非常にありがたい企画だ。

追)上沼恵美子の位置づけが微妙だ

追2)中田カウスは偉い人だと思うのだが、
   暴力団絡みの問題があっただけに、
   あの笑顔が逆に怖いという人も多いんじゃないかと。
   第2回からずっと審査員やってるし、やっぱり権力者なのか。
   それとも紳助あたりとつながりがあるだけなのか。

2007年12月19日 (水)

エリカ様に提案

沢尻エリカ様が『ラジかるッ』でキレた理由は女子アナ
沢尻エリカ 「プッツン女優」の仲間入りか

 沢尻エリカは長州小力に弟子入りして
「キレてないですよ」を持ちネタにすると良いと思う

2007年3月22日 (木)

華麗なる一族の影で

 こんなんでも視聴率30%ってんだから…

◆悲劇のはずなのに

 主人公が自殺する必然性が理解できない。
客観的には夢を奪われ父親に愛されなかったからなのだが、
感情移入できていないため唐突な感じを受ける。

 これはキムタクの演技力の問題もあるが、
演出や構成の問題も大きかったと思う。
まず主人公の敗北が決定するのが最終話だったし、
そこまでに彼の死を予感させるものはない。
しかも敗北の決め手もなんかあっさりしていたし、
(管財人の選定とかあんなに単純にいくものなの?)
その後の主人公の感情の動きも上手く表現されていない。
主人公が死んだ後に彼が父親の本当の子供であったことが判明するが、
そこでの家族の感情表現もイマイチだった。

 『白い巨塔』と比べてみると明らか。
主人公の病気が発覚する前にもその兆候があったし、
表向き平静を装っていても良心の葛藤もあった。
恩師との和解、親友の告知、死ぬ場面、
そして死後の手紙と場面も作っていた。

 『白い巨塔』は音楽のバランスも良かった。
威勢のいい音楽と「amazing grace」を並立させ、
あらかじめ悲劇を匂わせていたし、
だから最後にその音楽をそのまま使えばよかった。
一方『華麗なる一族』は主題歌こそ重厚だったが、
Desperado」の使い方もイマイチで
悲劇的な音楽をきちんと準備できていなかった。

 こうしてみると、個々の要素を豪華にしたばかりに
それに振り回されてまとまりが無くなった様に思える。
柳場、稲盛いずみ、相武さき、鈴木京か、銀ペイ。
この辺の絡みはもっと少なくてよかった。
裁判の場面も中途半端な印象をうける。
前にも書いたがキムタクを主人公にするなら、
歴史モノっぽい感じを出す必要はないし、
そもそも悲劇にするのに無理がある。
原作を無視すれば彼が勝って高炉がたってしまった方が
ドラマとしてのまとまりはあっただろう。

◆爆笑・レッドカーペット

 裏番組にどうしてもチャンネルを変えがちで…
でも柳原可奈子の「総武線の女子高生」は凄かった。
この系統では友近が上手なことになっているけど、
少なくともこのネタの完成度は友近より遥かに高い。
というよりも、友近のは対象そのものというより
下手な役者の演技のマネという感じ。
だから最近のアメリカものは
そもそも演技だから違和感がない。

 その他にもダイノジがあんなに面白いとは思わなかった。
ムーディー勝山もよかったし。
バカリズムの「トツギーノ」はハマッた人しか笑えない。

2007年1月29日 (月)

現存する歴史としての昭和

『華麗なる一族』にキムタクを主演に選んだのは失敗だった
というありふれた説を如何に回りくどく話すか、という企画。

◆「昭和」の意味

 このドラマに限らず、最近、昭和中期を振り返る番組が多い。
その最も有名な例は『プロジェクトX』だろうと思うが、
現在日本で最大勢力を占める団塊世代が社会の第一線から退きつつあるなか、
彼らの青春を振り返るものに需要があるのは人口学的な帰結だと思う(*)

 だから団塊の世代にとって「昭和」は半分「おもいで」なのだが、
彼らの子供以下の世代にとっては「歴史」でしかない。
変化が美徳である社会においてその時間感覚は若い世代を中心にされる傾向があるし、
そもそも高度経済成長と90年代の2段階の社会変化で
60年代はもう既に立派な「歴史」になってしまっている。

 それはこのドラマのウリの1つが街並みの再現であることからも伺える。
当時の街並みは上海の郊外に行かなければ見当たらないものになってしまった。
まさに昭和の女優である倍賞千恵子をナレーションに起用し、
ところどころに白黒画像を挿入して現在との距離を再確認させる。
そもそも成り上がりのIT社長がもてはやされる現代において、
主役が「鉄は国家なり」と信じる「財閥の御曹司」という設定自体が歴史だ。

(*)もう1つの集団として30代前半を中心とする団塊Jrがいるが、
彼らにもてはやされたのが少し前なら深津絵里であり、
今だったら篠原涼子というわけだ。

◆アイドルとしてのキムタク

 その主役を演じるのは日本のトップアイドルであるキムタク。
熱血漢で理想主義的な役に彼は適任なように思える。
だが、この「歴史」ドラマを演じるのには無理があった。
それは、彼の「顔」のせいである。

 彼はその整った容姿ゆえにトップアイドルとして君臨している。
しかしアイドルはその時代を象徴する存在なだけに、
逆に彼らの光が及ぶ時代は限定されてしまう。
日本最初の男性アイドルは石原裕次郎だろうが、
若き日の彼が今TVに出たら女性はどういう反応をするだろうか。
別にそこまで遡らなくても、一世代前のアイドルはどうだろうか。

 事情はキムタクにおいても全く同様である。
例外的な長さで人気を保っている彼だが(*)
20年後には間違いなく「懐かしい人」になっている。
彼の髪型、ファッション、表情の作り方、
そして顔立ちそのものが「時代を感じさせる」ものになっているだろう。

 これは時間軸を逆に動いても同様である。
平成のアイドルが昭和を演じることの滑稽さ。
他の役者が当時の髪型を再現しているのに、
キムタクだけは現在の髪型のままだ。
それも当然で、あの顔立ちにポマードたっぷりは似合わない。
彼が時折見せるニヤけた表情も相応しくない。
一人称の「僕」もどこかひ弱さを感じさせる。
彼が工場の工員に拡声器で煽っても、
アイスホッケーの試合前のテンションとの違いが見出せない。

 もし「昭和」が完全に「歴史」だったら、
ここまでの違和感はなかったと思う。
だから木村拓也が時代劇をやっても、
それほど問題はないのかもしれない。
それは見る側に当時の詳細な情報が欠如しているからで、
当時の人が見れば木村拓也もそれ以外の役者も、
やっぱり変な感じを受けると思う。

(*)彼の人気が持続したのも、
彼が団塊Jrの女性の支持を得たという背景もある。
同時におばさんがアイドルを好きだということに対する羞恥心が
失われてきたことも大きい。

◆設定の失敗

 つまり「昭和」ドラマの主役を若い人にする設定が問題だった。
『白い巨塔』の成功はそこを曖昧にしたからで、
医療ミスというテーマに現代性があること幸いした。
しかし『華麗なる一族』も本来は万俵大介が主演のはずで、
そうすれば金融再編も最近あったことだし、問題はなかったはずだ。

 そこにTBSの浅ましさが出ているような気がする。
山崎豊子の原作でキムタクが主役なら視聴率が取れるだろう。
昔はドラマを得意としていたはずのTBSだが、
その他の分野のくすんだ印象そのままに、といった感じだ。

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