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2007年12月 7日 (金)

理念のために死ね

 またアメリカで銃乱射事件が起きてしまいました
今年は4月にバージニア工科大学で乱射事件があったばかりなのに。

 過去の例と同じように犯人は自殺したようだが、
その後の報道も全くパターン化されている。
遅々として進まない銃規制と反対派の意見。
NRAの影響力と「アメリカの自由」

 いつもの流れだったのだが、1つひっかかることがあった。
それは銃規制反対派の意見の1つで、
「凶悪犯から自ら身を守る」ために銃が必要なのだ、というもの。
自衛の権利は銃保有の最大の根拠なので非常に重要な議論だ。

 しかし、銃保有が犯罪の抑制になるという議論は相当おかしい。
どこがおかしいかって? それは犯人が「自殺」していることだ。
つまり、誰も自衛できていないわけだ。
今回も、バージニアでも、コロンバインでも。
警察等が凶悪犯を殺したという事例ならあるが、
一般人が自衛のため反撃して倒したというのは聞いた事がない。

 いくらアメリカ人で銃を保有している人でも、
毎日腰にぶら下げている人は多くないだろう。
そういう人が今回の事件でどうやれば「自衛」できたのか。
まずショッピングモールから逃げ出さなくてはならない。
そして車を飛ばして自宅に帰り銃を取り出し、
ショッピングモールに引き返して犯人と銃撃戦。
こんなん、間に合うわけがないやないですか。

 もちろん、アメリカの銃犯罪は乱射事件だけではない。
年間1万人超、毎月1000人、毎日30人が銃で死んでいるのだから、
被害者が銃で反撃して犯人を倒す、
もしくは殺されずにすんだ、という事例もあるかもしれない。
しかし、アメリカのことなので統計を調べるのも難しいのだが、
普通に考えたらこんなことが多いとは思えない。

 もちろん、これまでの議論は
「銃保有が犯罪抑止力がある」という実証的な議論に対する反論である。
現実的には銃があることで殺される人は多く、
凶悪犯への抑止力はほとんどないとしても、
「理念上の自衛権」が重要だ、という議論もありえる。
理念のために人が毎年万単位で死んでもかまわない、と。

 こう言われてしまえば、実証的な反論の余地は無い。
前にも日本の交通事故死亡者に関して議論したが、
利便性のために万単位の人間が死んでもいいのなら、
理念のために万単位の人間が死んでもいいのかもしれない。

 その程度に人間の命は軽い。それだけのことだ。

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